ました。それはそのはずです。せっかくの生飯も、昭青年は苫船の中の美しい姫にやってしまうので、淵の鯉は、いつも待ち呆《ぼう》けです。しまいには諦《あきら》めて鯉達は斎の鐘に集らなくなりました。噂が耳に入るほど余計に昭青年は用心します。隙《すき》を覗《うかが》い折を見ては苫船へ通います。その度に自分が貰《もら》った菓子《かし》、果物など、食べた振《ふ》りをして袖《そで》に忍ばせ、姫にそっと持って行ってやります。そうこうするうち日も移って、梅雨《つゆ》もすっかり明けた真夏の頃となりました。
片方は十八の青年、片方は十七の乙女《おとめ》。二人は外界をみな敵にして秘密の中で出会うのです。自然と恋《こい》が芽生えて来たのも当然です。
姫はもう何もかも考えなくなって、ひたすら昭青年の来るのを待ち侘《わ》びている。自分では、ただ頼みにする人、有難い人と思っている積りだが、心の底ではもう恋が成熟しきっている。その証拠《しょうこ》には、われ知らず、男の心を試すような我儘《わがまま》を言い出すようにもなりました。
一方、昭青年は早く機会を見付けて何とか始末をしなくては、悟道《ごどう》の妨《さまた》げに
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