付からぬように」
 昭青年だとて、先にあて[#「あて」に傍点]があるわけではありませんが、差当って今の取り做《な》し方としては、これ以外に無かったのでした。あたりを見廻《みまわ》すと、幸い、苫《とま》で四方を包んだ船がある。将軍が大堰川へ船遊びの際、伴船《ともぶね》に使う屋根船で、めったに人の手に触《ふ》れません。昭青年は苫を破り分けて早百合姫をその中へ入るよう促《うなが》しました。
 姫はさほど有難《ありがた》いとも思わぬ様子でしたが、それでも嫌《いや》とは言わず、船の中へ隠れました。そして言いました。
「淋《さび》しいから食事の時以外にもなるたけ、ちょいちょい訪ねて来て下さいましね」

     二

 寺の人達の間にこんな噂が出るようになりました。
「どうもこの頃、昭沙弥は、生飯をやると言っちゃ日に五六|遍《ぺん》も、そわそわ川へ行く。あんまり鯉に馴染《なじみ》がつき過ぎて鯉に魅《み》せられたのではないか」
「その癖《くせ》、淵の鯉は、斎《とき》の鐘を聴いてもこの頃は集って来んようだ。わしは気を付けて行って見るが確かにそうだ」
「それは変だな」「変だ」「変だ」と噂し合うようになり
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