傍点]の時分から、魚に餌《え》をやりつけているので、魚の主なものは見覚えてしまい、友だちか兄弟のように馴染《なじ》んでしまっていました。
五月のある日、しぶしぶ雨が降る昼でした。淵の魚はさぞ待っているだろうと、昭青年は網代笠《あじろがさ》を傘《かさ》の代りにして淵へ生飯を持って行きました。川はすっかり霧《きり》で隠《かく》れて、やや晴れた方の空に亀山《かめやま》、小倉山《おぐらやま》の松《まつ》の梢《こずえ》だけが墨絵《すみえ》になってにじみ[#「にじみ」に傍点]出ていました。昭青年がいま水際に降りる岩石の階段に片足を下ろしかけたとき、その石の蔭《かげ》になっている岸と水際との間の渚《なぎさ》に、薄紅《うすべに》の色の一かたまりが横たわっているのが眼に入りました。瞳《ひとみ》を凝《こ》らしてよく見ると、それが女の冠《かぶ》るかつぎ[#「かつぎ」に傍点]であることが判《わか》り、それを冠ったまま、娘《むすめ》が一人|倒《たお》れているのが判りました。昭青年は急いで川砂利《かわじゃり》の上へ飛び下り、娘の傍《そば》へ駈《か》け寄って、抱《だ》き起しながら
「どうしたのですか」
と訊《き
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