もの[#「つわもの」に傍点]との論戦に、あれこれ言ったのではかえって言いまくられるであろうから、勝負は時の運に任して、幸い師の三要から暗示《ヒント》を与えられた鯉魚の二字を守って、守り抜《ぬ》こうと決心したのですが、どの問いに対しても鯉魚鯉魚と答えていると、不思議にもその調法さから、いつの間にか鯉魚という万有の片割れにも天地の全理が籠っているのに気が付いて、脱然《だつぜん》、昭青年の答え振りは活《い》きて来ました。青年は、あるいは「釜中《ふちゅう》の鯉魚」と答え、あるいは「網《あみ》を透《とお》る金鱗《きんりん》」と答えはするが、ついに鯉魚あるを知らず、おのれに身あるを知らず、眼前に大衆あるを知らずして、問いに対する答えの速《すみや》かなること、応変自由なること、鐘の撞木《しゅもく》に鳴るごとく、木霊《こだま》の音を返すがごとく、活溌《かっぱつ》、轆地《ろくち》の境涯《きょうがい》を捉《とら》えました。こうなると大衆はだんだん黙《だま》ってしまって、ただただ驚嘆《きょうたん》の眼を瞠《みは》るのです。にっこり[#「にっこり」に傍点]と笑った三要は払子《ほっす》を打って法戦終結を告げ、勝
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