に構えた僧も二三人見えます。もし昭青年がちょっとでも言葉に詰《つ》まったら、いたく打ちのめし、引き括《くく》って女と一緒に寺門|監督《かんとく》の上司へ突出《つきだ》そうと、手ぐすね引いて睨《ね》めつけています。
 大衆が入り代り立ち代り問い詰めても、昭青年はただ
「鯉魚」と答えるだけでした。
「仏子、仏域を穢《けが》すときいかに」
「鯉魚」
「そもさんか、出頭、没溺火坑深裏」
「鯉魚」
「這《しゃ》の田舎奴《でんしゃぬ》、人を瞞《まん》ずること少なからず」 
「鯉魚」
「ほとんど腐肉《ふにく》蠅《よう》を来《きた》す」
「鯉魚」
 これでは全く問答になっていません。大衆はのっけ[#「のっけ」に傍点]に打ってかかってもいいようなものの、昭青年の意気込みには、鯉魚と答える一筋の奥《おく》に、男が女一人を全面的に庇《かば》って立った死物狂《しにものぐる》いの力が籠《こも》っています。大概《たいがい》の野狐禅《やこぜん》では傍へ寄り付けません。大衆は威圧《いあつ》されて思わずたじたじとなります。
 そのうち昭青年の心理にも不思議な変化が行われて来ました。はじめ昭青年は、問答に当って禅の古つわ
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