そうかも知れん。おっと忘れていた。貴公に土産《みやげ》を持って来た。上酒だぞ。
――ほほう、そりゃ忝《かたじ》けない。しばらく酒も飲まんな。折角の酒を何も肴《さかな》がのうては。
――(空の具合を見廻して)どうだ、この黄昏《たそがれ》の冬木立を賞美しながら、雑司ヶ谷あたりまで行かんか。あすこなら、芋田楽《いもでんがく》なり雀焼なり、何ぞ肴が見付かろう。
――そういう風流気はないが、貴公行きたければ同伴しよう。
――戸締りはせんのか。
――盗人が入っても盗らるるものは只今剥き捨てた甘藷の皮ばかりだ。
――は、は、は、は、は。
――は、は、は、は、は。
[#ここで字下げ終わり]
二
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欅《けやき》の並木の間に葭簾《よしず》で囲った茶店一軒。
遠見に鬼子母神の社殿見ゆ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――冬の月、骨身に沁みて美しいが、生憎《あいにく》と茶屋は締ってしまった。
――こんな時刻に来るものはあるまい。あれば、大概、無理な願かけの連中ぐらいだ。
――もしもし。
――呼んだのは、君か、すこぶる美女
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