が勝ち過ぎるて。まあ、よい、何とか算段しよう。
――おいおい、引受けてよいのか。
――だが女狐さん。あんたの夫を助けることは引受けたが、これには何か引宛《ひきあ》てがありそうなものだ。早く云えば、助けて上げる代りのお礼が。
――あなたさまの御立身出世、もし、ご家内さま、お子さまがおありなら、一生ご無事息災、末々お家繁昌の運をお授けいたします。
――は、は、は、は、家内もなし、子もなし、そのどれも一向わしには望みでないな。もっと直ぐに役立つものが欲しい。
――では、早速、明後日にも、大藩からよき禄高で召抱えの手引きでも。
――それも欲しくないな。
――他にお礼の心当りもございません。そちらから仰言って下さいませ。
――男狐を放してやったその礼には、冬の夜永の炬燵酒、一夜だけ私の望むままの話相手になって貰いたい。正体の狐じゃ困る。やっぱり只今通りの美女に化けてだ。
――すりゃ、夫のある身を。
――人間道では許されぬことだが、畜生道ならたいした障《さわ》りでもあるまい。兎角《とかく》、人の持ちものには食指の動く方でな。

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女決心した思い入れあって
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――ええ、よろしゅうございます。夫のためには遊里へ身を沈める慣《なら》いさえございます。
――無理を聞き入れて貰って何より頂上。では早速、明日にも男狐を救い出しに出かけよう。その狐師の家はどこだね。
――目黒不動裏の藪陰《やぶかげ》でございます。門に野犬の皮が干してあるのが、七蔵の家。
――しかと承知した。して、そなたが礼に来て呉れる夜は。

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女艶にはにかむ嬌態をしながら
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――日もつごもりの晦《みそか》ごと、闇を合図にとんとんと、霰《あられ》まじりに戸を叩いたら、それを合図と思召《おぼしめ》して下さい。
――確《しか》と約束いたしたぞ。
――では、お暇《いとま》させていただきます。したが、あなたさまは何で先程からわたくしの足元ばかりご覧《ろう》じてでございます。
――一たい狐狸の化けたのは、人間の姿はしていても地に敷く影は正体のままと聞いたが、そなたは影までたおやかな女の影、よほど行亙った化け方と感心して見ていたのさ。

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