字下げ]
女どきっとして足を引すぼめ、
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――えっ。
――まあよろしい、早く行きなさい。
――では、お二方、ご免遊ばせ。

[#ここから3字下げ]
女去る
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――呆れたな君は。狐を一晩引張り込む約束をするなんて、物好きにも程がある。
――まあ、いいから任して置け。ときに暁方近くなって、だいぶ寒くなった。落葉でも掻き集めて来い。焚火《たきび》してあたろう。
[#ここで字下げ終わり]

         三

[#ここから3字下げ]
再び鈴懸の仮寓。夜更《よふ》け、燈火の灯影に鈴懸炬燵にあたって、仮寝している。霰の音。戸を叩く音。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――誰だ戸を叩くのは。
――あの……ちょっと、お開け下さいまし。
――若い女の声だな。
――人に見られては難儀いたします。早く開けて入れて下さいまし。――もし。
――誰だか判らんものを、そう無闇に入れられるか。
――おや、もうお忘れでございましたか――あの――雑司ヶ谷でお目にかかったおんな――いえ――女狐でございます。夫を助けていただいたお礼に参りました。
――そうそう。そんなことがあったっけ、なるほど約束したな。ちょうど霰も降る夜だ。
――早くお入れ下さいまし。
――よしよし、いま待て。
――いくら畜生でも、まことのこころ、恋ごころ、化けていられぬ場合もございます。
――では、正体現すときもあると申すか。
――さあさあ、あの雑司ヶ谷でお目にかかったとき、はじめはそれほどと思いませんでしたけれど、だんだんあなたさまの仕方、なされ方、もし、真実わたくしに誑《たぶら》かされていられるなら、こんないじらしいことはない。したがもし万事承知の上で誑かされたふうをしていられるなら、こんな底気味悪くも頼母《たのも》しいお方はない、どちらにしても、とつおいつのお慕わしさ、恋しさが募れば化狐より本性の女ごころのうぶに還り、いっそこの上は真実この身の正体をと……。
――どうしたと。
――わたくしは、もとから狐でも夫持ちでもご、ご、ございません。(泣き伏す)
――ばかな女、いや狐だな。今更、それを聞いておれが悦んだり慰んだりすると思うのか。人並の恋が
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