したけりゃこのわたしとて、今までに随分相手の女もなくはなかった。
――ねたましいことを仰言しゃいます。
――結ぶの恋は破れる恋ともなる。それが判り切った嫌さに、ひとりもので甘藷を噛《かじ》って、炬燵へあたっている仕儀だ。狐の化けた女というなら、その実体のない美しさに賞《め》でて、一晩位は相手になってつき合う積りだが。
――すりゃ、どうあってもわたくしの正体を知ろうとはなさりませず……。
――なまじ正体を現したら最後、八州の役人へ引渡すぞ。
――(女思い入れあって)仕方がございません。一夜なりともお側に置いて頂きたさに、やっぱり私は狐の化けた女で居りましょう。ですから、どうぞ――可愛がって……
――は、は、は、は、そうと決まれば、そうか、そこでは寒かろう。じゃまあこっちへ寄るが好い。
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手をとる。女うれしき嬌姿あり。このとき二見雨合羽にて抜き足、差し足、来て戸の隙より覗く。
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――よもやと思ったに、おのれ女め、図々しくも来おったか。
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戸を剥《はが》して入る。女、飛び上り、窓を破って逃げ、竹藪に入る。
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――誰が闖入《ちんにゅう》したのかと思ったら、二見か。なぜ乱暴するのだ。
――貴公はまだ知らぬのか。あの女は目黒のおかんといって、この界隈で有名な女賊だ。
――ふーむ、そんなことはあるまい、どうして、
――どうしても、こうしてもあるものか。おれはあの夜から、どうも臭いと思ったので、この間貴公が十金携えて、男狐を逃がしてやったというその目黒不動裏の七蔵という猟師の家を、試しに尋ねて見たところが、案の定、真赤な偽り、ただ普通の農家が一軒あるばかりで、その農家の主に聞けば、ちょうど先の日、貴公が十金携えて、あの家尋ねた前後の時だけ、狐の籠に入れたのを携え、椽先だけを借りに来た老人があったという。さすれば、雑司ヶ谷のかの女は、その老爺と諜《しめ》し合せて、狐のたくらみごとで十金の詐偽《さぎ》。貴公より十金誑し取ったに決った。そこであのあたりなおも処々尋ね廻り、きくところによると、あやつ、芸人上りの老父と心を合せ、同じ夫狐救い出しの狡計で、ほかに欺《あざむ》いた人も少なからずあるらしいとい
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