な男達は、彼女にとって他人であった。乞食の喧嘩だった。獣の噛み合いであった。今にも死が覗きそうであった。
彼女は一刻も早く此の場を遁れたかった。が彼女の体がまだ其の場にくっついて居た。彼女は焦《じ》れた。でも次第次第に彼女は決闘場から後じさりに離れて行った。そっと忍び出る小娘のようにおどおどしながら。彼女は灌木が大きな茸《きのこ》のように生え群がる間を抜けて、鬱蒼《うっそう》とした雑木林の中に潜入した。出た処はケンウッドの森の一寸した突出部であった。小鳥の巣が雑木の梢《こずえ》に沢山在るらしく色々の鳴鳥が、勝手に自我を主張して鳴いて居た。一帯に青臭い草や樹の葉のいきれが満ちて、其の中に這入って行く者を重苦しく落ち付かせた。アイリスは大分深く潜入して居た。周りを丈の低い灌木にすっかり取り囲まれて僅かに彼女独りがしっくり樹葉に覆い隠されてしまう場所に来て居た。彼女は芝草の上に膝を斜めに折り屈げて、器械細工のように坐った。両手は無意識の内に膝の上で握り合された。そこで彼女は三度も四度も太い長い溜息を洩《もら》した。絶望と嫌悪が彼女の気力を滅入らしてしまって居た。茫漠と彼女は周囲の樹木や草と
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