《どとう》のように繰返された。彼等は息が切れた。声をも立てられなかったのに、其処には劇しい騒音があった。
 アイリスは、地を蹴る乱雑な響に腹底をいたぶられた。二人の交互に鼻血を啜る音を聞いた。猛獣の荒々しい呼吸づかいさえ感じて総毛立った。これらの雑音の間に交って、骨と骨との衝突する音は如何にも荒廃の不気味さをアイリスの心に響かせた。
 彼女はどうしていいか全く判らなくなった。
 留める事は思い及ばなかった。此のやけの命がけの闘いは彼女を惨酷に引き裂くようで恐ろしかった。彼女の体は男達の周りを右往左往した。彼女は男達の血の闘争に彼女自身も加わったような気がした。此の決闘の原因が自分にあることを彼女は勿論《もちろん》知って居た。が、彼女は強《し》いて責任を感じまいと努めた。強いて無関心で居たかった。醜く腫《は》れ上り更に鼻血や脂汗《あぶらあせ》で泥土のように汚ごした顔を、疼痛と憤怒と息切れでもみくちゃ[#「もみくちゃ」に傍点]にひんまげた男達は、最早《もは》や彼女の友達ではない。勿論恋人に出来そうもなかった。撹き乱された髪、充血に腐った眼、よじれ果てた服、痙攣《けいれん》して居る四肢、そん
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