気がしてならなかった。憤りと呪いと不安とでジョーンは痩せて熱かった。
 ジョーンに引越されてしまったワルトンは友達を一人失った。彼にとってジョーンは碇《いかり》であった。時には厄介千万であったが、又時には落付かせて呉れる錘《おもり》であった。嫌に取り済《すま》したのが生意気に見えて癪《しゃく》に触ったが、懐《なつ》かしくも思った。嘗てアイリスの家の近くに居たジョーンは、彼女を連れてよくワルトンの家へ誘いに来たものだった、今ではアイリスが独りで居た。独りのアイリスは急に大人になったように見えた。奇妙に見えた。そのままにさせて置けない気がした。どうにかしてやらなければどんなになるか解らないように危なげに見えた。ワルトンにはアイリスの近頃の生活が急に淋しそうに見えて可憐《いじ》らしかった。彼の父の家である雑貨店の店先きで彼女によく逢った。銀行の会計事務を済ますと几帳面《きちょうめん》に真直ぐに帰宅する彼女をワルトンは大抵午後四時半に待って居た。アイリスの眼差しの中に、彼は質間と哀願と慈愛を見るようになった。二人は挨拶を交わした。一寸した立話をした。それはジョーンが引越して暫くしてからの事であ
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