った。その不意の不思議な感覚に向って三人の全精神が引き込まれた。そこで三人は冷やかな沈黙に落ちた。魂の底を突き抜けて虚無の中にまで沈んだような、脱力の沈黙であった。茫漠とした沈黙であった。其処から一番早く這い上ったアイリスではあったが、今は少しの感情の負担にも堪えられそうも無い程脳が疲れて居た。
近頃二人の男の間に挟まり、毎日続く焦慮にすっかり気持ちの制禦を失って居た彼女は、空《から》元気さえもう長く張りつめて居られなかった。彼女は白磁のように自い気品のある顔の表面をなお更ら無理に緊くして二人の男に命令した。
――私の為めに決闘しなさい。
――ふふん。
ジョーンは苦笑した。さっきからこづき廻された気分がつかえて吐気がして来た。眩暈《めまい》がしそうだ。が、アイリスは邪険に二人を両方へ押しやった。
――さあ、始めるんです。
――ピストルでやるんだ。
と言ったのはワルトンであった。彼は手真似のピストルを擬し、決闘の真似事でもすれば、気持や体をそう動かさず簡単に此の場が片附くと思いついたのだ。
男達は向き合った。右手を握り人差指だけを延ばしてピストルの形を造り、左腕を水平に曲
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