町に在る大学からの帰途、アイリスを訪ねた。その都度《つど》二人は見違えるような新生面を以って向い合った。色々の事が談したかった。些細な事まで聴きたかった。彼等は教会小学校へ始めて登校した頃からの二人の間に行われた、たわいも無い我慾の事を想い出した。これから、どうしなければならないかと言うことも一寸は考えた。それよりも二人は現在何処かへ出かけたかった。何かしたかった。何か本当に楽しい事が無いのかと望んだ。そうでなければ命がけの喧嘩でもしたかった。二人は希望を以って逢った。訳の解らぬ不満を以って二人は離れた。また何時逢うかを相談したり約束したりして二人は離れた。お互に対する希求は強くなった。それだけ不満は増した。お互の無情が余計に眼に付いた。無情許りの化身のように見えた。やがて嘆きと怒りが二人の腹の中に夜昼渦巻くようになった。どうする事も出来なかった。ジョーンを一層不幸にさせたのは友達のワルトンとアイリスとの交遊であった。
 アイリスが嘗《かつ》て嫌って居たワルトンが、近頃ではアイリスの話題に屡々《しばしば》のぼった。時にはアイリスがワルトンを誘って二人の間に入れることさえあった。眼前にワルトンのつべこべ[#「つべこべ」に傍点]とアイリスに取り入る態度を見てはジョーンの血はたぎった。ジョーンは上面《うわべ》では大様《おおよう》を装って居た。女に、殊に幼な馴染《なじみ》のアイリスに性慾を感じさせるような身振りや囁《ささ》やきをどうしても彼はすることが出来なかった。彼は自分の手も足も出せない不器用さが口惜しかった。ワルトンに先手を次ぎ次ぎに打たれて勢いジョーンは退嬰的にばかりなった。三人で散歩するにも活動を見物に行くにも、何もかも、ジョーンはまるでワルトンに連れられて行くようであった。其処にアイリスが殆んど居ないのも同然であった。もう以前のアイリスは消失してしまって、今ではワルトンに包まれた混合物のようなアイリスが居た。ジョーンは正真正銘のアイリスが見たかった。不純物を取り除きたかった。不純物を二度と再びくっ付かぬようにしたかった。本当にはっきりそうしたかった。腕で引き裂いて総歯で噛み砕いて、滓《かす》にして吐き出して、それを靴の踵《かかと》で踏みにじって、それから火葬場の炉の中ですっかり焼き尽してしまいたかった。それでもまだ灰や煙がすらすら抜け出てアイリスにくっ付くような
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