届きかねる心の中に貼りついた苦しい花片はいつまでも取り除くことは出来なくなった。
 そのあくる日から復一は真佐子に会うと一そう肩肘《かたひじ》を張って威容《いよう》を示すが、内心は卑屈《ひくつ》な気持で充たされた。もう口は利けなかった。真佐子はずっと大人振ってわざと丁寧《ていねい》に会釈《えしゃく》した。そして金魚は女中に買わせに来た。
 真佐子は崖の上の邸《やしき》から、復一は谷窪の金魚の家からおのおの中等教育の学校へ通うようになった。二人はめいめい異った友だちを持ち異った興味に牽《ひ》かれて、めったに顔を合すこともなくなった。だが珍らしく映画館の中などで会うと、復一は内心に敵意を押《おさ》え切れないほど真佐子は美しくなっていた。型の整った切れ目のしっかりした下膨《しもぶく》れの顔に、やや尻下りの大きい目が漆黒《しっこく》に煙《けむ》っていた。両唇の角をちょっと上へ反らせるとひと[#「ひと」に傍点]を焦《じ》らすような唇が生き生きとついていた。胸から肩へ女になりかけの豊麗《ほうれい》な肉付きが盛《も》り上り手足は引締《ひきしま》ってのびのびと伸《の》びていた。真佐子は淑女《しゅくじょ
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