真佐子は相変らず、ときどきロマネスクの休亭に姿を見せた。現実の推移はいくらか癖づいた彼女の眉の顰《ひそ》め方に魅力を増すに役立つばかりだ。いよいよ中年近い美人として冴え返って行く。
 昭和七年の晩秋に京浜に大暴風雨があって、東京市内は坪《つぼ》当り三|石《ごく》一|斗《と》の雨量に、谷窪の大溝も溢れ出し、せっかく、仕立て上げた種金魚の片魚を流してしまった。
 同じく十年の中秋の豪雨は坪当り一石三斗で、この時もほとんど流しかけた。
 そんなことで、次の年々からは秋になると、復一は神経を焦立《いらだ》てていた。ちょっとした低気圧にも疳《かん》を昂《たか》ぶらせて、夜もおろおろ寝られなかった。だいぶ前から不眠症にかかって催眠剤《さいみんざい》を摂《と》らねば寝付きの悪くなっていた彼は、秋近の夜の眠のためには、いよいよ薬を強めねばならなかった。
 その夜は別に低気圧の予告もなかったのだが、夜中から始めてぼつぼつ降り出した。復一は秋口だけに、「さあ、ことだ」とベッドの中で脅《おび》えながら、何度も起き上ろうとしたが、意識が朦朧として、身体もまるで痺《しび》れているようだった。雨声が激しくなると
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