「あたしは、とても、縹緻好みなんですわ。夫なんかには。そうでないと一緒《いっしょ》にご飯も喰べられないんです」
「敵わんね。君には」怒《おこ》ることも笑うことも出来なくなった夫は、「さあ、お湯にでも入ろうかね」と子供を抱いて中へ入って行った。
そのあとのロマネスクの茶亭に腰掛けて真佐子は何を考えているか、常人にはほとんど見当のつかない眼差《まなざ》しを燻《くゆ》らして、寂しい冬の日の当る麻布の台をいつまでも眺めていた。
「鯉と鰻の養殖がうまく行かないので、鼎造、この頃四苦八苦らしいよ。養魚場が金を喰い出したら大きいからね」
築けども築けども湧き水が垣《かき》の台を浮かした。県下の半鹹《はんかん》半淡《はんたん》の入江の洲岸に鼎造はうっかり場所を選定してしまったのであった。その上都会に近い静岡県下の養魚場が発達して、交通の便を利用して、鯉鰻《りまん》を供給するので、鼎造の商会は産魚の販売にも苦戦を免れなかった。しかし、痛手の急性の現われは何といっても、この春財界を襲った未曾有《みぞう》の金融《きんゆう》恐慌《きょうこう》で、花どきの終り頃からモラトリアムが施行《しこう》された。鼎造
前へ
次へ
全81ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング