に、真佐子の子供のときの蘭鋳に似た稚純な姿が思い出された。とにもかくにも真佐子に影響されていることの多い自分に、彼は久し振りに口惜《くや》しさを繰り返した。その苦痛は今ではかえってなつかしかった。
 しかし、彼は弱る心を奮い立たせ、いったん真佐子の影響に降伏して蘭鋳の素朴《そぼく》に還《かえ》ろうとも、も一度彼女の現在同様の美感の程度にまで一匹の金魚を仕立て上げてしまえば、それを親魚にして、仔《こ》に仔を産ませ、それから先はたとえ遅々《ちち》たりとも一歩の美をわが金魚に進むれば、一歩のわれの勝利であり、その勝利の美魚を自分に隷属させることが出来ると、強いて闘志を燃し立てた。ここのところを考えて、しばらく、忍《しの》ぶべきであると復一は考えた。復一は美事な蘭鋳の親魚を関西から取り寄せて、来るべき交媒の春を待った。蘭鋳は胴は稚純で可愛らしかった。が顔はブルドッグのように獰猛《どうもう》で、美しい縹緻《ひょうち》の金魚を媒《か》けてまずその獰猛を取り除くことが肝腎《かんじん》だった。

 崖邸にもあまり近づかない復一は真佐子の夫にもめったに逢わなかったが真佐子の夫という男は、眼は神経質に切れ
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