《ひるがえ》り、翻り、翻る。意志に礙《とどこお》って肉情はほとんどその方へ融通《ゆうずう》してしまった木人のような復一はこれを見るとどうやらほんのり世の中にいろ気を感じ、珍らしく独りでぶらぶら六本木の夜町へ散歩に出たり、晩飯の膳《ぜん》にビールを一本註文したりするのだった。
それを運んで来た養母のお常は
「あたしたちももう隠居《いんきょ》したのだから、早くお前さんにお嫁さんを貰って、本当の楽をしたいものだね」世間並に結婚を督促《とくそく》した。
「僕の家内は金魚ですよ」
酔《よ》いに紛れて、そういう人事には楔《くさび》をうっておくつもりで、復一はこういうと、養母は
「まさか――おまえさんはいったい子供のときから金魚は大して好きでなかったはずだよ」と云った。
養父の宗十郎はこの頃|擡頭《たいとう》した古典復活の気運に唆《そそ》られて、再び荻江節の師匠に戻りたがり、四十年振りだという述懐《じゅっかい》を前触《まえぶ》れにして三味線《しゃみせん》のばちを取り上げた。
[#ここから2字下げ]
荻江節
松はつらいとな、人ごとに、皆《みな》いは根の松よ。おおまだ歳若な、ああ姫《ひめ》小松《
前へ
次へ
全81ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング