……それはまたこの世に美しく生れ出る新らしい星だ……この事は世界の誰も知らないのだ。彼は寂しい狭い感慨《かんがい》に耽《ふけ》った。彼は郡山の古道具屋で見付けた「神魚華鬘之図《しんぎょけまんのず》」を額縁に入れて壁に釣りかけ、縁側に椅子《いす》を出して、そこから眺めた。初夏の風がそよそよと彼を吹いた。青葉の揮発性の匂いがした。ふと彼は湖畔の試験所に飼われてある中老美人のキャリコを新らしい飼手がうまく養っているかが気になった。
「あんな旧《ふる》いものは見殺しにするほどの度胸がなければ、新しいものを創生する大業は仕了《しお》わせられるものではない。」
ついでにちらりと秀江の姿が浮んだ。
彼はわざとキャリコが粗腐病にかかって、身体が錆《さび》だらけになり、喘《あえ》ぐことさえ出来なくなって水面に臭《くさ》く浮いている姿を想像した。ついでにそれが秀江の姿でもあることを想像した。すると熱いものが脊髄《せきずい》の両側を駆け上って、喉元《のどもと》を切なく衝《つ》き上げて来る。彼は唇を噛んでそれを顎の辺で喰い止めた。
「おれは平気だ」と云った。
その歳は金魚の交媒には多少季遅れであり、ま
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