たのであろう。彼の意地はむしろ彼女の思いがけない弱気を示した態度につけ込んで、出来るだけの強味と素気なさを見せていようと度胸を極《き》めた。彼は苦労した年嵩《としかさ》の男性の威を力み出すようにして「お入りなさい。なぜ入らないのです」といった。
彼女は子供らしく、一度ちょっとドアの蔭へ顔を引込ませ、今度改めてドアを公式に開けて入って来たときは、胸は昔のごとく張り、据《すわ》り方にゆるぎのない頸つき、昔のように漂渺とした顔の唇には蜂蜜《はちみつ》ほどの甘みのある片笑いで、やや尻下りの大きな眼を正眼に煙らせて来た。眉《まゆ》だけは時代風に濃く描いていた。復一はもう伏目勝《ふしめがち》になって、気合い負けを感じ、寂しく孤独の殻《から》の中に引込まねばならなかった。
「しばらく、ずいぶん痩せたわね」
しかし、彼女は云うほど復一を丁寧に観察したのでもなかった。
「ええ。苦労しましたからね」
「そう。でも苦労するのは薬ですってよ」
それからしばらく話は地震のことや、復一のいた湖の話に外《そ》れた。
「金魚、いいの出来た?」
これに返事することは、今のところいろいろの事情から、復一には困難だ
前へ
次へ
全81ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング