を次に働かせて、彼のこの執着をまた商売に利用する手段もないことはあるまいと思い返した。
「面白い。やりたまえ。君が満足するものが出来るまで、僕も、催促《さいそく》せずに待つことにしよう」
 鼎造自身も、自分の豪放《ごうほう》らしい言葉に、久し振りに英雄的な気分になれたらしく、上機嫌になって、晩めしを一しょに喰いたいけれども、外《はず》せぬ用事があるからと断って、真佐子と婿に代理をさせようと、女中に呼びにやらして、自分は出て行った。
 復一に、何となく息の詰まる数分があって、やがて、応接間のドアが半分開かれ、案外はにかんだ顔の真佐子が、斜に上半身を現した。
「しばらく」
 そして、容易には中に入って来なかった。復一は永い間|渇《かっ》していた好みのものは、見ただけで満足されるという康《やす》らいだ溜息《ためいき》がひとりでに吐かれるのを自分で感じ、無条件に笑顔を取り交わしたい、孤独の寂しさがつき上げて来たが、何ものかがそれをさせなかった。それをしたら、即座《そくざ》に彼女の魅力の膝下《しっか》に踏まえられて、せっかく、固持して来た覚悟を苦もなく渫《さら》って行かれそうな予感が彼を警戒さし
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