梠縄《しゅろなわ》の繃帯《ほうたい》をした竹樋《たけどい》で池の水の遣り繰りをしてあった。
 帰宅と帰任とを兼ねたような挨拶《あいさつ》をしに、復一は崖を上って崖邸の家を訊ねた。
 鼎造は復一が関西からの金魚輸送の労を謝した後云った。
「実は、調子に乗って鯉《こい》と鰻《うなぎ》の養殖にも手を出しかけているんだが、人任せでうまく行かないんだ。同じ淡水産のものだからそう違うまい。君に一つその方の面倒を見て貰おうか。この方が成功すれば、金魚と違って食糧品《しょくりょうひん》だから販路はすばらしく大きいのだ」
 もちろん復一は言下に断った。
「だめですね。詩を作るものに田を作れというようなもんです。そればかりでなく、お願いしておきますが、僕には最高級の金魚を作る専門の方をやらせて下さい。これなら、命と取り換えっこのつもりでやりますから」
「僕は家内も要らなければ、子孫を遺す気もありません。素晴らしく豊麗な金魚の新種を創り出す――これが僕の終生の望みです。見込み違いのものに金をつぎ込んだと思われたら、非常にお気の毒ですが」
 復一の気勢を見て、動かすべからざることを悟《さと》った鼎造は、もう頭
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