償《だいしょう》としてほとんど真佐子を髣髴《ほうふつ》させる美魚を創造したいという意慾がむしろ初めの覚悟に勝って来た。漂渺とした真佐子の美――それは豊麗な金魚の美によって髣髴するよりほかの何物によってもなし得ない。今や復一の研究とその効果の実現はますます彼の必死な生命的事業となって来ていたのである。
それを想うとき、彼は疲れ切って夜中の寝床に横わりながらでも闇の中に爛々《らんらん》と光る眼を閉じることが出来なかった。
「馬鹿だよ、君。君の研究を論文にでも纏めれば世界的に金魚学者たちの参考になるんだからなあ――」
まだ未練気にそう云ってる不機嫌《ふきげん》の教授に訣れを告げて、復一は中途退学の形で東京に帰った。未完成の草稿《そうこう》を焼き捨てるとか、湖中へ沈めるとかいう考えも浮ばないではなかったが、それほど華やかな芝居気《しばいぎ》さえなくなっていて、ただ反古《ほご》より、多少惜しいぐらいの気持ちで、草稿は鞄《かばん》の中へ入れて持ち帰った。
地震の翌年の春なので、東京の下町はまだ酷《ひど》かったが、山の手は昔に変りはなかった。谷窪の家には、湧き水の出場所が少し変ったというので棕
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