撃であった。持ち合せているものはこれを仲間に分配し、人を諸方に出して急造させた。
関西方面からの移入、桶の註文、そんな用事で、復一はなおしばらく関西にとどまらなければならなかった。
ようやく、鼎造から呼び戻されて、四年振りで復一は東京に帰ることが出来た。論文はついに完成しなかった。復一よりも単純な研究で定期間に済んだ同期生たちは半年前の秋に論文が通過して、試験所研究生終了の証書を貰ってそれぞれ約定済の任地へ就職して行った。彼は、鼎造にしばらく帰京の猶予《ゆうよ》を乞《こ》うて、論文を纏《まと》めれば纏められないこともなかったが、そんな小さくまとまった成功が今の自分の気持ちに、何の関係があるかと蔑《さげす》まれた。早くわが池で、わが腕で、真佐子に似た撩乱の金魚を一ぴきでも創り出して、凱歌《がいか》を奏したい。これこそ今、彼の人生に残っている唯一の希望だ、――彼が初め、いままでの世になかった美麗な金魚の新種を造り出す覚悟をしたのは、ひたすら真佐子の望みのために実現しようとした覚悟であった。だが年月の推移につれ研究の進むにつれ、彼の心理も変って行った。彼は到底現実の真佐子を得られない代
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