ると彼は笑って「金魚運動」と説明して、その健康法の功徳《くどく》を吹聴《ふいちょう》するが、この際、復一がそれをするとき、復一にはもっと秘《ひそ》んでいる内容的の力が精神肉体に恢復《かいふく》して来るのであった。復一はそれを決して誰にも説明しなかった。
 とにかく、深夜に、人が魚と同じリズムの動作のくねらせ方をするので、とても薄気味が悪かった。宿直の小使がいった。
「私が室に入るときだけは、あれ、やめて下さい。へんな気持ちになりますから」
 復一は関西での金魚の飼育地で有名な奈良《なら》大阪《おおさか》府県下を視察に廻った。奈良県下の郡山《こおりやま》はわけて昔《むかし》から金魚飼育の盛んな土地で、それは小藩《しょうはん》の関係から貧しい藩士の収入を補わせるため、藩士だけに金魚飼育の特権を与えて、保護|奨励《しょうれい》したためであった。
 この菜の花の平野に囲まれた清艶《せいえん》な小都市に、復一は滞在《たいざい》して、いろいろ専門学上の参考になる実地の経験を得たが、特に彼の心に響いたものは、この郡山の金魚は寛永《かんえい》年間にすでに新種を拵《こしら》えかけていて、以後しばしば秀逸
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