取ると、眼を開いたまま寝ていた小石の上の金魚中での名品キャリコは電燈の光に、眼を開いたまま眼を醒《さま》して、一ところに固《かたま》っていた二ひきが悠揚《ゆうよう》と連れになったり、離れたりして遊弋《ゆうよく》し出す。身長身幅より三四倍もある尾鰭《おびれ》は黒いまだらの星のある薄絹《うすぎぬ》の領布《ひれ》や裳《も》を振り撒き拡げて、しばらくは身体も頭も見えない。やがてその中から小肥《こぶと》りの仏蘭西《フランス》美人のような、天平《てんぴょう》の娘子のようにおっとりして雄大な、丸い銅と蛾眉《がび》を描いてやりたい眼と口とがぽっかりと現れて来る。
二三年前、O市に水産共進会があって、その際、金牌《きんぱい》を獲《か》ち得たこの金魚の名品が試験所に寄附《きふ》されて、大事に育てられているのだ。すでに七八|歳《さい》になっているので、ちょっと中年を過ぎた落付きを持っているので、その魅力は垢脱《あかぬ》けがしていた。
しばらく眺め入った後、復一は硝子鉢に元のように覆いをして、それから自分のもとの席に戻るとき、いまキャリコのしたと同じ身体の捻《ひね》り方を、しきりに繰返す。人に訊《き》かれ
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