自分のテーブルの上にだけ電燈を点《つ》けて次から次へと金魚を縦に割き、輪切にし、切り刻んで取り出した臓器を一面に撒乱《さんらん》させ、じっと拡大鏡で覗いたり、ピンセットでいじり廻したりして深夜に至るも、夜を忘れた一心不乱の態度が、何か夜の猛禽獣《もうきんじゅう》が餌を予想外にたくさん見付け、喰べるのも忘れて、しばらく弄《もてあそ》ぶ恰好《かっこう》に似ていた。切られた金魚の首は電燈の光に明るく透けてルビーのように光る目を見開き、口を思い出したように時々開閉していた。
 都会育ちで、刺戟に応じて智能《ちのう》が多方面に働き易く習性付けられた青年の復一が、専門の中でも専門の、しかも、根気と単調に堪えねばならない金魚の遺伝と生殖《せいしょく》に関してだけを研究することは自分の才能を、小さい焦点へ絞り狭《せば》めるだけでも人一倍骨が折れた。頬《ほお》も眼も窪ませた復一は、力も尽き果てたと思うとき、くったりして窓際へ行き、そこに並べてある硝子鉢《ガラスばち》の一つの覆《おお》いに手をかける。指先は冷血していて氷のようなのに、溜《たま》った興奮がびりびり指を縺《もつら》して慄えている。やっと覆いを
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