うな珍らしく美麗な金魚の新種をつくり出すこと、それを生涯の事業としてかかる自分を人知れぬ悲壮《ひそう》な幸福を持つ男とし、神秘な運命に掴まれた無名の英雄のように思い、命を賭《か》けてもやり切ろうという覚悟だった。それが結局崖邸の親子に利用されることになるのか――さもあらばあれ、それが到底自分にとって思い切れ無い真佐子の喜びともなれば、その喜びが真佐子と自分を共通に繋《つな》ぐ……。それにしてもあの非現実的な美女が非現実的な美魚に牽《ひ》かれる不思議さ、あわれさ。復一は試験室の窓から飴《あめ》のようにとろりとしている春の湖を眺めながら、子供のとき真佐子に喰わされた桜の花びらが上顎の奥にまだ貼り付いているような記憶を舌で舐《な》め返した。
「真佐子、真佐子」と名を呼ぶと、復一は自分ながらおかしいほどセンチメンタルな涙がこぼれた。
復一の神経|衰弱《すいじゃく》が嵩《こう》じて、すこし、おかしくなって来たという噂が高まった。事実、しんしんと更《ふ》けた深夜の研究室にただ一人残って標品《プレパラート》を作っている復一の姿は物凄《ものすご》かった。辺りが森閑《しんかん》と暗い研究室の中で復一は
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