べての景色が玩具《がんぐ》染《じ》みて見えた。
復一は、平沙の鼻の渚《なぎさ》近くにボートを進ませたが、そこは夕方にしては珍らしく風当りが激しくて海のように菱波《ひしなみ》が立ち、はす[#「はす」に傍点]の魚がしきりに飛んだ。風を除《よ》けて、湖の岐入の方へ流れ入ると、出崎の城の天主閣《てんしゅかく》が松林《まつばやし》の蔭から覗き出した。秀江の村の網手の影が眼界に浮《うか》び上って来たのである。結局、いつもの通り、湖の岐入とS川との境の台地下へボートを引戻《ひきもど》し、蘆洲の外の馴染《なじみ》の場所に舶《と》めて、復一は湖の夕暮に孤独《こどく》を楽しもうとした。
復一はボートの中へ仰向《あおむ》けに臥《ね》そべった。空の肌質《きじ》はいつの間にか夕日の余燼《ほとぼり》を冷《さ》まして磨《みが》いた銅鉄色に冴《さ》えかかっていた。表面に削《けず》り出しのような軽く捲《ま》く紅いろの薄雲が一面に散っていて、空の肌質がすっかり刀色に冴えかえる時分を合図のようにして、それ等の雲はかえって雲母《うんも》色に冴えかえって来た。復一はふと首を擡《もた》げてみると、まん丸の月がO市の上に出てい
前へ
次へ
全81ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング