だった。
 この大きな魚漁家の娘の秀江は、疳高《かんだか》でトリックの煩《わずら》わしい一面と、関西式の真綿《まわた》のようにねばる女性の強みを持っていた。
 試験所から依頼《いらい》されているのだが、湖から珍らしい魚が漁《と》れても、受取りの係である復一は秀江の家へ近頃はちっとも来ないのである。そして代りの学生が来る。秀江はどうせ復一を、末《すえ》始終《しじゅう》まで素直《すなお》な愛人とは思っていなかった。いよいよ男の我壗《わがまま》が始まったか、それとも、何か他の事情かと判断を繰り返しながら、いろいろ探りを入れるのであった。幹事である兄に勧めて青年漁業講習会の講師に復一を指名して出崎の村へ二三日ばかり呼び寄せようとしてみたり、兄の子を唆《そその》かして、あどけない葉書を復一に送らせ、その返事振りから間接に復一の心境を探ろうとしたりした。彼女自身手紙を出したり、電話をかけても、復一から実のある返事が得られそうな期待は薄《うす》くなった。彼女は兄夫婦の家の家政婦の役を引受けて、相当に切廻《きりまわ》していた。彼女と復一との噂《うわさ》は湖畔に事実以上に拡《ひろが》っているので、試験所
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