りとして、人も無げに、無限をぱくぱく食べて、ふんわり見えて、どこへでも生の重点を都合よくすいすい置き換え、真の意味の逞ましさを知らん顔をして働かして行く、非現実的でありながら「生命」そのものである姿をつくづく金魚に見るようになった。復一は「はてな」と思った。彼は子供のときから青年期まで金魚屋に育って、金魚は朝、昼、晩、見飽《みあ》きるほど見たのだが、蛍《ほたる》の屑《くず》ほどにも思わなかった。小さいかっぱ虫に鈍《にぶ》くも腹に穴を開けられて、青みどろの水の中を勝手に引っぱられて行く、脆《もろ》いだらしのない赤い小布の散らばったものを金魚だと思っていた。七つ八つの小池に、ほとんどうっちゃり飼いにされながら、毎年、池の面が散り紅葉で盛り上るように殖《ふ》えて、種の系続を努めながら、剰った魚でたいして生活力がありそうもない復一親子三人をともかく養って来た駄金魚を、何か実用的な木《こ》っ葉《ぱ》か何かのように思っていた。
 もっとも復一の養父は中年ものだけに、あまり上等の金魚は飼育出来なかった。せいぜい五六年の緋鮒《ひぶな》ぐらいが高価品で、全くの駄金魚屋だった。この試験所へ来て復一は見本に
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