の子が凭《もた》れかかっていた。それはおよそ復一の気持とは縁のない幸福そのものの図だった。真佐子はかなりの近視で、こちらの姿は眼に入らなかろうが、こちらからはあまりに毎日|見馴《みな》れて、復一にはことさら心を刺戟《しげき》される図でもなかったが、嫉妬《しっと》か羨望《せんぼう》か未練か、とにかくこの図に何かの感情を寄せて、こころを掻き《か》き立たさなければ、心が動きも止りもしないような男に復一はなっていた。
「ああ今日もまたあの図を見なくってはならないのか。自分とは全く無関係に生き誇《ほこ》って行く女。自分には運命的に思い切れない女――。」
 復一はむっくり起き上って、煙草《たばこ》に火をつけた。

 その頃、崖邸のお嬢《じょう》さんと呼ばれていた真佐子は、あまり目立たない少女だった。無口で俯向《うつむ》き勝《がち》で、癖《くせ》にはよく片唇《かたくちびる》を噛《か》んでいた。母親は早くからなくして父親育ての一人娘《ひとりむすめ》なので、はたがかえって淋《さび》しい娘に見るのかも知れない。当の真佐子は別にじくじく一つ事を考えているらしくもなくて、それでいて外界の刺戟に対して、極めて遅
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