ね」
すると真佐子は漂渺とした顔付きの中で特に煙る瞳を黒く強調させて云った。
「あなたは金魚屋さんの息子《むすこ》さんの癖に、ほんとに金魚の値打ちをご承知ないのよ。金魚のために人間が生き死にした例がいくつもあるのよ」
真佐子は父から聴いた話だといって話し出した。
その話は、金魚屋に育った復一の方が、おぼろげに話す真佐子よりむしろ詳《くわ》しく知っていたのであるが、真佐子から云われてみて、かえって価値的に復一の認識に反覆《はんぷく》されるのであった。事実はざっとこうなのである。
明治二十七八年の日清戦役後の前後から日本の金魚の観賞熱はとみに旺盛《おうせい》となった。専門家の側では、この機に乗じて金魚商の組合を設けたり、アメリカへ輸出を試みたりした。進歩的の金魚商は特に異種の交媒《こうばい》による珍奇《ちんき》な新魚を得て観賞需要の拡張を図ろうとした。都下砂村の有名な金魚飼育商の秋山が蘭鋳からその雄々《おお》しい頭の肉瘤《にくりゅう》を採り、琉金《りゅうきん》のような体容の円美と房々《ふさふさ》とした尾《お》を採って、頭尾二つとも完美な新種を得ようとする、ほとんど奇蹟《きせき》にも
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