がした。
「復一さんは、どうしても金魚屋さんになるつもり」
 真佐子は隣《となり》に復一がいるつもりで、何気なく、相手のいない側を向いて訊《たず》ねた。ひと足遅れていた復一は急いでこの位置へ進み出て並んだ。
「もう少し気の利いたものになりたいんですが、事情が許しそうもないのです」
「張合のないことおっしゃるのね。あたしがあなたなら嬉《よろこ》んで金魚屋さんになりますわ」
 真佐子は漂渺《ひょうびょう》とした、それが彼女《かのじょ》の最も真面目《まじめ》なときの表情でもある顔付をして復一を見た。
「生意気なこと云うようだけれど、人間に一ばん自由に美しい生きもの[#「生きもの」に傍点]が造れるのは金魚じゃなくて」
 復一は不思議な感じがした。今までこの女に精神的のものとして感じられたものは、ただ大様《おうよう》で贅沢《ぜいたく》な家庭に育った品格的のものだけだと思っていたのに、この娘から人生の価値に関係して批評めく精神的の言葉を聞くのである。ほんの散歩の今の当座の思い付きであるのか、それとも、いくらか考えでもした末の言葉か。
「そりゃ、そうに違いありませんけれど、やっぱりたかが金魚ですから
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