ように媚《なま》めかしく朦朧《もうろう》となって、いよいよ自意識を頼《たよ》りなくして行った。
だが、復一にはまだ何か焦々《いらいら》と抵抗《ていこう》するものが心底に残っていて、それが彼を二三歩真佐子から自分を歩き遅らせた。復一は真佐子と自分を出来るだけ客観的に眺める積りでいた。彼の眼には真佐子のやや、ぬきえもんに着た襟《えり》の框《かまち》になっている部分に愛蘭《アイルランド》麻《あさ》のレースの下重ねが清楚《せいそ》に覗《のぞ》かれ、それからテラコッタ型の完全な円筒《えんとう》形の頸《くび》のぼんの窪へ移る間に、むっくりと搗《つ》き立ての餅《もち》のような和《なご》みを帯びた一堆《いっつい》の肉の美しい小山が見えた。
「この女は肉体上の女性の魅力《みりょく》を剰《あま》すところなく備えてしまった」
ああ、と復一は幽《かすか》な嘆声《たんせい》をもらした。彼は真佐子よりずっと背が高かった。彼は真佐子を執拗《しつよう》に観察する自分が卑《いや》しまれ、そして何か及《およ》ばぬものに対する悲しみをまぎらすために首を脇へ向けて、横町の突当りに影《かげ》を凝《こら》す山王の森に視線を逃
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