鼎造はそのけはい[#「けはい」に傍点]を押えていった。
「いや、ざっくばらんに云うと、私の家には雌《めす》の金魚が一ぴきだけでしょう。だから、どうもよその雄《おす》を見ると、目について羨《うらや》ましくて好意が持てるのです」
復一は人間を表現するのに金魚の雌雄《しゆう》に譬《たと》えるとは冗談《じょうだん》の言葉にしても程があるものだとむっとした。しかし、こういう反抗の習慣はやめた方が、真佐子に親しむ途《みち》がつくと考えないでもなかった。真佐子に投げられて上顎の奥に貼りついた桜の花びらの切ないなつかしい思い出で――復一はしきりに舌のさきで上顎の奥を扱いた。
「お子さまにお嬢さまお一人では、ご心配でございますね」
茶を出しながら宗十郎の妻がいうと、鼎造は多少意地張った口調で、
「その代り出来のよい雄をどこからでも選んで婿《むこ》に取れますよ。自分のだったらボンクラでも跡目を動かすわけにはゆかない」
結局、復一は鼎造の申出通り、金魚の飼養法を学ぶため上の専門学校へ行くことになり学資の補助も受けることになった。真佐子は何にも知らない顔をしていた。しかし、復一が気がついてみると、もうこ
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