ない師匠《ししょう》だった。何しろ始めは生きものをいじるということが妙《みょう》に怖《おそろ》しくって、と宗十郎は正直に白状した。
「復一こそ、この金魚屋の当主なのです。だから金魚屋をやるのが順当なのでしょうが、どういうことになりますか、今の若ものにはまた考えがありましょうから」
宗十郎は淡々《たんたん》として、座敷《ざしき》の隅《すみ》で試験勉強している復一の方を見てそういった。
「いや、金魚はよろしい。ぜひやらせなさい。並《なみ》の金魚はたいしたこともありますまいが、改良してどしどし新種を作れば、いくらでも価格は飛躍《ひやく》します。それに近頃では外国人がだいぶ需要して来ました。わが国では金魚飼育はもう立派な産業ですよ」
実業家という奴は抜《ぬ》け目なくいろいろなことを知ってるものだと、復一は驚ろいて振り返った。鼎造は次いでいった。「それにしても、これからは万事科学を応用しなければ損です。失礼ですが復一さんを高等の学校へ入れるに、もしご不自由でもあったら、学費は私が多少補助してあげましょうか」
唐突《とうとつ》な申出を平気でいう金持の顔を今度は宗十郎がびっくりして見た。すると
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