しているのではないかしらん。そうでなければ、あんな現実でも理想でもない、中間的の美しい顔をして悠々と世の中に生きていられるはずはない。そういえば真佐子にしろ金魚にしろ、あのぽっかり眼を開いて、いつも朝の寝起きのような無防禦《むぼうぎょ》の顔つきには、どこか現実を下目に見くだして、超人的《ちょうじんてき》に批判している諷刺的《ふうしてき》な平明がマスクしているのではないか……。復一はまたしても真佐子に遇《あ》いたくて堪《たま》らなくなった。
浪の音がやや高くなって、中天に冴えて来た月光を含む水煙がほの白く立ち籠《こ》めかかった湖面に一|艘《そう》の船の影が宙釣《ちゅうづ》りのように浮び出して来た。艫《ろ》の音が聞えるから夢ではない。近寄って艫を漕《こ》ぐ女の姿が見えて来た。いよいよ近く漕ぎ寄って来た。片手を挙げて髪《かみ》のほつれを掻き上げる仕草が見える。途端《とたん》に振り上げた顔を月光で検《あらた》める。秀江だ。復一は見るべからざるものを見まいとするように、急いで眼を瞑《つぶ》った。
女の船の舳《へさき》は復一のボートの腹を擦《す》った。
「あら、寝てらっしゃるの」
「………」
「寝てんの?」
漕ぎ寄せた女は、しばらく息を詰めて復一のその寝顔を見守っていた。
「うちの船が二三艘帰って来て、あなたが一人でもくもくへ月見にモーターで入らしってるというのよ。だから押しかけて来たわ」
「それはいい。僕は君にとても会いたかった」
女は突然《とつぜん》愛想よく云われたのでそれをかえって皮肉にとった。
「なにを寝言いってらっしゃるの。そんないやがらせ云ったって、素直に私帰りませんけれど、もし寝言のふりしてあたしを胡麻化《ごまか》すつもりなら、はっきりお断りしときますが、どうせあたしはね。東京の磨いたお嬢さんとは全然|較《くら》べものにはならない田舎《いなか》の漁師の娘の……」
「馬鹿《ばか》、黙《だま》りたまえ!」
復一は身じろぎもせず、元の仰向けの姿勢のままで叫んだ。その声が水にひびいて厳しく聞えたので女はぴくりとした。
「僕は君のように皮肉の巧《うま》い女は嫌《きら》いだ。そんなこと喋《しゃべ》りに来たのなら帰りたまえ」
恥辱と嫉妬《しっと》で身を慄《ふる》わす女の様子が瞑目《めいもく》している復一にも感じられた。
噎《むせ》ぶのを堪《こら》え、涙を飲み落す秀
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