した砲丸《ほうがん》のように残り西瓜《すいか》が青黒く積まれ、飾窓《かざりまど》の中には出初めの梨《なし》や葡萄《ぶどう》が得意の席を占めている。肥《ふと》った女の子が床几《しょうぎ》で絵本を見ていた。騒《さわ》がしくも寂《さび》しくもない小ぢんまりした道筋であった。
真佐子と復一は円タクに脅《おびや》かされることの少い町の真中を臆《おく》するところもなく悠々《ゆうゆう》と肩を並べて歩いて行った。復一が真佐子とこんなに傍《そば》へ寄り合うのは六七年振りだった。初めのうちはこんなにも大人に育って女性の漿液《しょうえき》の溢《あふ》れるような女になって、ともすれば身体の縒《よじ》り方一つにも復一は性の独立感を翻弄《ほんろう》されそうな怖《おそ》れを感じて皮膚《ひふ》の感覚をかたく胄《よろ》って用心してかからねばならなかった。そのうち復一の内部から融《と》かすものがあって、おやと思ったときはいつか復一は自分から皮膚感覚の囲みを解いていて、真佐子の雰囲気《ふんいき》の圏内《けんない》へ漂《ただよ》い寄るのを楽しむようになっていた。すると店の灯も、町の人通りも香水《こうすい》の湯気を通して見るように媚《なま》めかしく朦朧《もうろう》となって、いよいよ自意識を頼《たよ》りなくして行った。
だが、復一にはまだ何か焦々《いらいら》と抵抗《ていこう》するものが心底に残っていて、それが彼を二三歩真佐子から自分を歩き遅らせた。復一は真佐子と自分を出来るだけ客観的に眺める積りでいた。彼の眼には真佐子のやや、ぬきえもんに着た襟《えり》の框《かまち》になっている部分に愛蘭《アイルランド》麻《あさ》のレースの下重ねが清楚《せいそ》に覗《のぞ》かれ、それからテラコッタ型の完全な円筒《えんとう》形の頸《くび》のぼんの窪へ移る間に、むっくりと搗《つ》き立ての餅《もち》のような和《なご》みを帯びた一堆《いっつい》の肉の美しい小山が見えた。
「この女は肉体上の女性の魅力《みりょく》を剰《あま》すところなく備えてしまった」
ああ、と復一は幽《かすか》な嘆声《たんせい》をもらした。彼は真佐子よりずっと背が高かった。彼は真佐子を執拗《しつよう》に観察する自分が卑《いや》しまれ、そして何か及《およ》ばぬものに対する悲しみをまぎらすために首を脇へ向けて、横町の突当りに影《かげ》を凝《こら》す山王の森に視線を逃
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