やうである。この少女の顏を睨んでゐた西原氏の瞳の方が、却つてこの無感覺な無表情に彈ね返され、しどろもどろになつて來た。
西原氏は、何となく落寞とした嘆きを感じ出した。そして少女の顏から眼を逸したが、こゝろは最後の慄へる探求を捨てなかつた。西原氏は硝子戸越しに庭を眺めさりげない樣子で例の詩を微吟した。
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ころがせ ころがせ びいる樽とめて、とまらぬものならば赤い夕陽の、だらだら坂を ころがせ ころがせ びいる樽 (北原白秋氏作)
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西原氏は、この童謠の微吟を聞いた狂少女の顏に、何か捉へ得る表情の變化が現はれはしないかとひそかに望んだ。だが、徒勞だつた。
少女は西原氏の詩の微吟に表情の微動さへ見せず、袂のなかを、しきりに掻き廻し始めたが、やがて何物か取り出して、西原氏の鼻先へ突き出した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――これ先生に上げようと思つていつかから取つといたのよ。
[#ここで字下げ終わり]
それは干からびた柿のへた[#「へた」に傍点]だつた。それから少女はきやら/\笑ひ出し、まつたく氣狂ひの樣子を現し出した。母
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