氏に一人の品の宜い初老位な奧樣風の女性が、坂の上の大邸宅の一つから出て來て立ち向つた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――何とも御迷惑なことゝ、重々御察しいたしますが……。
[#ここで字下げ終わり]
と彼女は、幾度も幾度も、考へ拔いた上のことらしく、語調に惡びれた樣子もなく、すらすらかういつて、西原氏に狂童女に一度會つて呉れるよう、ひたすら頼み入るのだつた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――氣の違ったまゝで、たゞ/\あなたをお慕ひ申すのがいぢらしくて、失禮とも何とも申し上げ兼ねますが……。
[#ここで字下げ終わり]
こどもの戀心を汲み取つて述べる母親の口からは、自然とかういつた舊套な抒情詩が滑り出るのだつた。だがこの場合、さういふ口調が却つて舊套を脱して、こどもの氣持ちも母親の氣持ちも、一しよに鮮かに西原氏のこゝろには訴へられたのだ。
てれ[#「てれ」に傍点]てはにかんだ詩人は、肉體的にもむづ痒いものが、太い頸を目がけて、背中から匍ひ上つて來るやうなのを、どうしようもなかつた。脱いだ帽子で頸のまはりを磨りまはしながら、
[#ここから改行天付き、折
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