私はその坂を覺えてゐる。
頂上の左右に二三の大邸宅を控へてゐる。雜木の小丘を截つて附けた坂としてはわたりが長く隨つて茅萱野草に掩はれた一方の崖下は深くて長かつた。西原氏がメロンの落ちた谷といつたのはその崖下だつた。左右の荒地、嶮岨に似ず、坂の表面はきめのこまかい赤土で小石が、いくらか散らばつただけの柔和な傾斜面だつた。
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ころがせ、ころがせ、びいる樽とめて、とまらぬものならば赤い夕陽の、だら/\坂をころがせ、ころがせ、びいる樽。
[#ここで字下げ終わり]
西原氏は、嫌味のないさつぱりした調子で、あの坂でつくつた自作の童謠を口ずさみ、しみじみと愉快氣に童男型でありながらまた大人風をも備へた大兵の體を振つた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――この謠をですね、醉つて私は唄ひながら、あの坂を降りて東京市内から自宅の方へ歸つたものですよ。さうですよ。朝か、晝ごろ出れば大がい夕方醉つて私は市内から歸るのでしたよ。
[#ここで字下げ終わり]
その西原氏を狂童女がどこから眺めて送迎してゐたものか、西原氏の市中へ出る途を擁してゐて、或朝、まだ醉つてゐない西原
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