で用を足せるやうにと浦子に日常のやさしい生活事務をポツ/\教へ込むことに努力を向けかへてゐた。
松崎の来るすこし前ごろから浦子は毎日母親から金を渡されて一人で町へ買物に行く稽古《けいこ》をさせられてゐた。
庭には藤《ふじ》が咲き重つてゐた。築山《つきやま》を繞《めぐ》つて覗《のぞ》かれる花畑にはヂキタリスの細い頸《くび》の花が夢の焔《ほのお》のやうに冷たくいく筋もゆらめいてゐた。早出の蚊《か》を食はうとぬるい水にもんどり打つ池の真鯉《まごい》――なやましく※[#「くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]《ろう》たけき六月の夕だ。
松崎は小早く川から上つて縁側で道具の仕末をしてゐた。釣つて来た若鮎の噎《むせ》るやうな匂ひが夕闇に沁《し》みてゐた。そこへ浦子が
――お金が汗をかいたわ。」
といつて帰つて来た。
――松崎さん。こんなお金でおしほせん[#「おしほせん」に傍点]買へて?」
この疑ひのために浦子はそのまま塩煎餅《しおせんべい》屋の前から引返して来たのだ。
松崎は眼を丸くして浦子の顔を見た。むつくり高い鼻。はかつたやうにゑくぼ[#「ゑくぼ」に傍点]を左右へ
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