彫り込んだ下膨《しもぶく》れの頬《ほお》。豊かに括《くく》つた朱の唇。そして蛾眉《がび》の下に黒い瞳がどこを見るともなく煙つてゐる。矢がすりの銘仙に文金《ぶんきん》の高島田。そこに一点の羞恥《しゅうち》の影も無い。松崎は眼を落して娘の掌《てのひら》を見た。古典的で若々しいローマの丘のやうに盛上つた浦子の掌の肉の中に丸い銀貨の面はなかば曇りを吹き消しつゝある。
松崎は思はず娘の手首を握つた。そして娘の顔をまた見上げた。そのとき松崎の顔にはあきらかに一つの感動の色が内から皮膚をかきむしつてゐた。
――こんなお金でおしほせん[#「おしほせん」に傍点]買へて?」
松崎の顔は決心した。そしてほつと溜息《ためいき》をついて可愛らしい浦子の掌へキスを与へた。そしていつた。
――買へますよ。買へますとも。どりや、そいぢや僕も一しよに行つてあげませう。そしてこれからはあなたの買物に行くときにはいつでも一しよに行つてあげますよ。」
その秋に松崎は浦子を妻に貰《もら》つて東北の任地へ立つて行つた。
× ×
これはあの大柄で人の好ささうな貨幣一円銀貨が日本にあつた時分
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