人々の足もとから路面の薄埃《うすぼこり》を吹き上げて来て、思わず、あっ! と眼や鼻をおおわせる夜であった。
 加奈江は首にまいたスカーフを外套の中から掴み出して、絶えず眼鼻を塞《ふさ》いで埃を防いだが、その隙に堂島とすれ違ってしまえば、それっきりだという惧《おそ》れで直ぐにスカーフをはずして前後左右を急いで観察する。今夜も明子に来て貰って銀座を新橋の方から表通りを歩いて裏通りへと廻って行った。
「十日も通うと少し飽き飽きして来るのねえ」
 加奈江がつくづく感じたことを溜息と一緒に打ち明けたので、明子も自分からは差控えていたことを話した。
「私このごろ眼がまわるのよ。始終|雑沓《ざっとう》する人の顔を一々|覗《のぞ》いて歩くでしょう。しまいには頭がぼーっとしてしまって、家へ帰って寝るとき天井が傾いて見えたりして吐気《はきけ》がするときもある」
「済みませんわね」
「いえ、そのうちに慣れると思ってる」
 加奈江はまた暫《しば》らく黙ってすれ違う人を注意して歩いていたが
「私、撲られた当座、随分口惜しかったけれど、今では段々薄れて来て、毎夜のように無駄に身体を疲らして銀座を歩くことなんか何だ
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