みせた。しかし社員たちはそれを遮《さえぎ》った。
「そんなことはまだるいや。堂島の家へ押しかけてやろうじゃないか」
「だから私、あの人の移転先が知りたいのよ。課長さんが見せて呉れた退社届に目下移転中としてあるからね」
 と加奈江は山岸に相談しかけた。
「そうか。品川の方の社へ変ると同時に、あの方面へ引越すとは言ってたんだがね、場所は何も知らないんだよ。だが大丈夫、十時過ぎになれば何処の酒場でもカフェでもお客を追い出すだろう、その時分に銀座の……そうだ西側の裏通りを二、三日探して歩けば屹度《きっと》あいつは掴まえられるよ」
 山岸の保証するような口振りに加奈江は
「そうお、では私、ちょいちょい銀座へ行ってみますわ。あんた告げ口なんかしては駄目よ」
「おい、そんなに僕を侮辱《ぶじょく》しないで呉れよ。君がその気なら憚《はばか》りながら一臂《いっぴ》の力を貸す決心でいるんだからね」
 山岸の提言に他の社員たちも、佐藤加奈江を仇討《あだう》ちに出る壮美な女剣客のようにはやし立てた。
「うん俺達も、銀ブラするときは気を付けよう。佐藤さんしっかりやれえ」

 師走《しわす》の風が銀座通りを行き交う
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