を貰ってやめたのだしねえ。それに住所目下移転中と書いてあるだろう。何から何までずらかろう[#「ずらかろう」に傍点]という態度だねえ。君も撲られっ放しでは気が済まないだろうから、一つ懲《こら》しめのために訴えてやるか。誰かに聞けば直ぐ移転先きは分るだろう」
課長も驚いて膝を乗り出した。そしてもう既に地腫も引いて白磁色に艶々《つやつや》した加奈江の左の頬をじっとみて
「痕《あと》は残っておらんけれど」と言った。
加奈江は「一応考えてみましてから」と一旦、整理室へ引退った。待ち受けていた明子と磯子に堂島の社を辞《や》めたことを話すと
「いまいましいねえ、どうしましょう」
磯子は床を蹴って男のように拳《こぶし》で傍の卓の上を叩《たた》いた。
「ふーん、計画的だったんだね。何か私たちや社に対して変な恨みでも持っていて、それをあんたに向って晴らしたのかも知れませんねえ」
明子も顰《しか》めた顔を加奈江の方に突き出して意見を述べた。
二人の憤慨とは反対に加奈江はへたへたと自分の椅子に腰かけて息をついた。今となっては容易《たやす》く仕返しの出来難い口惜しさが、固い鉄の棒のようになって胸に突っ
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