不満だった。
「でもね、昨夜は口惜しいのと頭痛でよく眠られなかったのよ」
二人は電車に乗った。加奈江は今日、課長室で堂島を向うに廻して言い争う自分を想像すると、いつしか身体が顫《ふる》えそうになるのでそれをまぎらすために窓外に顔を向けてばかりいた。
磯子も社で加奈江の来るのを待ち受けていた。彼女は自分達の職場である整理室から男の社員達のいる大事務所の方へ堂島の出勤を度々《たびたび》見に行って呉れた。
「もう十時にもなるのに堂島は現われないのよ」
磯子は焦《じ》れったそうに口を尖《とが》らして加奈江に言った。明子は、それを聞くと
「いま課長、来ているから、兎《と》も角《かく》、話して置いたらどう。何処《どこ》かへ出かけちまったら困るからね」
と注意した。加奈江は出来るだけ気を落ちつけて二人の報告や注意を参考にして進退を考えていたが、思い切って課長室へ入って行った。そこで意外なことを課長から聞かされた。それは堂島が昨夜のうちに速達で退社届を送って寄こしたということであった。卓上にまだあるその届書も見せて呉れた。
「そんな男とは思わなかったがなあ。実に卑劣極まるねえ。社の方もボーナス
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