た。しかし僕は令嬢というものに対してはどうしても感情的なことが言い出せない性質です。だから遂々《とうとう》ボーナスを貰って社を辞めようとした最後の日まで来てしまったのです。いよいよ、言うことすら出来ないのか。思い切って打ち明けたところで、断られたらどういうことになる。此方《こちら》はすごすごと思いを残して引下り貴女は僕のことなぞ忘れてしまうだけだ。いっそ喧嘩《けんか》でもしたらどうか。或《ある》いは憎むことによって僕を長く忘れないかも知れない。僕もきっかり決裂した感じで気持をそらすことが出来よう。そんな自分勝手な考えしか切羽《せっぱ》詰って来ると浮びませんでした。とつおいつ、僕は遂に夢中になって貴女をあの日、撲ったのでした。しかし、女を、しかも一旦慕った麗人を乱暴にも撲ったということは僕のヒューマニズムが許しませんでした。いつも苦い悪汁となって胸に浸み渡るのでした。その不快さに一刻も早く手紙を出して詫びようと思ったが、それも矢張り自分だけを救うエゴイズムになるのでやめてしまったのです。先日、銀座で貴女に撲り返されたとき、これで貴女の気が晴れるだろうから、そこでやっと自分の言い訳やら詫び
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